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2012年1月

2012年1月23日 (月)

放置

最近は、ずっとブログを放置することが多くなりましたsweat01

毎日見にきてくれている方々に申し訳ないsweat02

とは思ってはいるものの、何かと忙しくてsweat01

最近、気持ちが落ち込むことがあって、まだ立ち直れないでいますdown

この年になっても、毎日毎日反省の連続。

本当に未熟な私です…

今日は、何も予定がなかったので、壊れていたエレキギターの修理をしていました。

新しく組んだバンドで、ボーカルでもなく、ベースでも、ドラムでもない、一番苦手なギター担当になってしまったからです。

エレキギターはやっていても面白くないので、今までライブでやったのはたった2回だけ…

でも、今日のギター修理後に楽譜と格闘しながら弾いたギターは、なかなかに楽しかった。

全然弾けてはなかったけど、超ヘビーなサウンドにして弾いていたら、頭の中がすっきりしました。

エレキギターを弾いて楽しいと思ったのは、今日が始めて。

たくさん練習しようと思いましたnote

震災の支援活動の話題になりますが、tetsu基金は今日現在で478,272円に達しました。

目標達成まで、あと2万円ちょっと。

もうひとふんばりです。

頑張ります!!!

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2012年1月10日 (火)

悩み…

いつも私は新年を迎えると思うことがあります。

みなさんも「今年はこんな年にしよう!」とか、

「今年は○○を目標に頑張る!」とか、

気持ちを入れ替えていると思います。

実際は年が明けても状況は何も変わらないけど、

気持ちの入れ替えができる節目があるというのは、

とても幸せなことだと思います。

こんなことができるのは、人間だけですからね。

人間って、面白い生き物ですよね!

私は今、とても悩んでいます。

被災地復興のために始めたtetsu基金の活動。

約半年間活動してきて集まった寄付金は「464,272円」。

目標額の50万円まであと少しで手が届く。

ここまでくると、目標を達成した後はどうするのか…

このまま寄付を仰いでいくのか。

はたまた、以前の状況に戻しボランティアで音響業務をやっていくのか。

どちらが正しい選択なのかがわからない。

tetsu基金の使い道としては、当初は現金を送るだけでしたが、

最近では、野菜の発送や物資の調達・送付などに使うことが多くなりました。

被災地では物資も野菜も大変に喜ばれているため、続けていきたい。

自分のやる気がなくなった訳ではなく、

いつまでみなさんの理解が得られるのかがわからないんです。

震災直後は、どこにでもあった募金箱が、

今ではほとんど見かけることはなくなりました。

それが現状です。

支援者が仕方なく協力をしてくれるなら、

本当の意味での支援とは言えないと思うのです。

北海道にいて考えていても結論は出せない気がします。

もう一度被災地に行こう。

そしたらきっと今のモヤモヤした気持ちも吹っ切れる。

あの悲惨な光景を、再度自分の目に焼きつけ、

被災者と触れ合うことで、

きっと自分の中の何かが変わり、何かが生まれる。

自分が何を、どうしていかなければならないのか、

答えが見つかると思います。

年始から仕事が忙しくなったので、いつ行けるかはわからない。

でも行こうと決めたら、行けるようになるのが世の中の常。

再度自分探しの旅をしたいと思っています。

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悲しい 寂しい

みなさん、お久しぶりです。

今年も新しい一年が始まりましたね。

新年早々、自分の祖母が亡くなり、バタバタしていました。

親戚がたくさん集まって、毎日賑やかでしたが、

今日みんな帰ってしまったので、今は静まりかえっています。

祖母一人いなくなってしまっただけで、

こんなにも家の中の雰囲気が変わってしまうんですね。

とても寂しいです。

昨日の告別式で、私が弔辞を述べました。

親戚の人たちも、もう一度聞きたいとのことだったので、

ここに全文掲載します。

10人の孫を代表して、少しばっちゃんの思い出を話したいと思います。

ばっちゃん!

急にいなくなってしまって、なんだかさみしいです。

今は親戚がたくさん集まっていて、家の中がとても賑やかで、まだばっちゃんがいなくなった実感がわかないけど、今日の告別式が終わり、みんなが帰ってしまったら、一体どんな生活が待っているのか、いまだに想像できません。

今まであまり気にしたことはなかったけど、今振り返ってみると、私はばっちゃんと喧嘩をした記憶が、一度もありません。

あまり口数は多くなかったけど、いつもニコニコしてみんなを見守ってくれました。

40年近く同じ屋根の下で暮らして、一度も喧嘩したことがないなんて、普通はありえないことだと思います。

本当に温厚な人だったと、今、改めて感じています。

昨日の○○葬儀委員長様のお話にもありましたが、ばっちゃんはとにかく歌うことが好きで、ずっと民謡をやっていました。

最近は全然歌わなくなってしまっていたけど、元気な頃は、自分の部屋でラジカセの音に合わせて大きな声で歌い、喉を鍛えていましたね。

たくさんの歌仲間と一緒に、町民文化祭など多くの場で歌っていたのも記憶に新しいです。

歌仲間と一緒にいるばっちゃんは、とにかく元気で、生き生きとしていました。

私もばっちゃんの血を引いているのか、歌うことが大好きです。

ギターをかかえて、とにかく毎日歌っています。

ライブも時々しか出ないし、ばっちゃんほどうまくは歌えないけど、音楽を続けていると、たくさんの音楽仲間やミュージシャンと出会えたり、時には自分の人生を左右するような衝撃的な人材との出会いがあったりと、ばっちゃんが教えてくれた音楽が、自分にとって大きな生きる活力になっています。

これからは、ばっちゃんが歌いたくても歌えなかった分まで、俺が歌っていくからね。

年末から5日ほど体調を崩し、辛かったよね。

これからは、天国にいるじっちゃんと、大好きだった旅行を、たくさんしてください。

そして私たち家族をずっと見守っていてください。

ばっちゃん、今まで、ありがとう。

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