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2011年6月

2011年6月30日 (木)

愛ちゃんぷるのために

石巻市から帰ってきて、ちょうど一週間が経ちました。

被災地での生活がちょっとワイルドだったので、

いまだに北海道での生活になじめません。

何もかもが贅沢すぎて、何もかもがもったいない。

周りの方々と、自分との温度差がかなりあって、

正直ついていけない。

でも、これが日本人らしい生活なんでしょうね。

被災地にも、早くこんな日常が戻るといいな。

そのために自分も活動しているわけだし。

で、この一週間、今後の活動について自分なりにいろいろ考え、行動しました。

まず、既に始めていることがあります。

ボランティアで請け負ってきた音響業務ですが、

今後は、当分の間ボランティアではやりません。

なぜそんなことをするのか。

びっくりですよね…

「愛ちゃんぷる」への寄付金を募る形で運営します。

ですが、高額な請求をするつもりはありません。

活動の趣旨を理解していただいた方や団体に、

寄付をしていただく、という考え方です。

かかる経費は自分が払い、収入の全てを愛ちゃんぷるへ贈ります。

「愛ちゃんぷる」は、

被災した住宅のリフォームなどを無償で行うボランティア団体。

当然相当な経費がかかります。

そして、この先復興まで何年かかるかわかりませんが、

継続して支援活動を行っていきます。

継続はとても意味のあることです。

単発で支援をするのは、気持ちとお金があればできます。

単発で支援するのを悪いと言っている訳ではありません。

これは、本当にありがたいことで、とても大事な支援です。

でも、復興には長期的な支援も必要です。

これを実行するには、相当な覚悟がないとできません。

それを「愛ちゃんぷる」では行っています。

みなさんは気づいているでしょうか。

今までいろんなところに置いてあった震災の募金箱が、

徐々に減ってきていることを。

もう既に、支援への熱が冷めてきているんです。

私は、かなり小額の募金を、募金箱を見かけるたびにしています。

小額ならずっと続けていけるからです。

でも、今まであったところに募金箱がない。

まだ3ヶ月しか経ってないのに…。

復興にはほど遠い状況なのに…。

私は、継続的に支援をしていかなければ、

復興にかなり時間を要すると思います。

地域に根ざした活動を行っている「愛ちゃんぷる」がなくなったら…

困るのは被災者です。

愛ちゃんぷるを支えることも被災者支援と考えての行動です。

趣旨をご理解いただき、少しでも協力していただければと思います。

このほかにも、この一週間でまだまだたくさんの進展があり、

いろいろな方や団体が支援してくれています。

あまり長々書かれても、読むのに疲れると思うので、

また後日報告します!

あっ!

家電製品はまだまだ全然足りない状況です!

引き続きの支援をお願いします!!!

まとまったらまた私がトラックで被災者の元へ届けます。

まだまだがんばるで~!

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2011年6月23日 (木)

石巻から帰ってきました

今朝石巻から帰ってきました。

家に着いてシャワーを浴びてそのまま仕事に行ったので、さすがに眠かったです。

自分が感じた被災地のこと。

間違ってるかもしれないけどつづってみました。

かなり長くなるので飽きたら読むのをやめてください。

自分のような心の小さな人間が感じてることなので…

●6月17日 宮城県石巻市湊町へ出発

 17時15分の仕事終了と同時に職場からトラックで出発。この時、今までトラックの荷台を開けたまま走っていたことに気づく。みんなの大事な気持ちを盗まれたらどうするのか…出発前から反省した。新函館農協Aコープでほうれん草50束とニラ30束を仕入れ、函館で旅の相棒イナリンと合流。函館で5件の家電製品を積み込む。なんとかフェリー出発時間にも間に合い、22時に函館を出発。緊張していてその後一睡もできない。

●6月18日 石巻1日目

翌日1時40分、青森着。徹夜で走行し、7時前には宮城県石巻市湊町に到着した。津波の被害はとにかくひどい。悲惨な光景は、テレビ以外でもいろいろ調べていたので何とか受け入れることができた。が、唖然としたことがある。とんでもない悪臭が漂っている。今までにかいだことのない臭いだ。これは自分には耐えられるレベルではない。すぐにマスクをしたが、そんなのでは効果は薄い。とても肺が苦しい。とても人間が住める環境とは思えない。外だけでなく、部屋の中も同じ。5日間耐えられるのか。とても不安だ。それと、ハエが異常発生している。しかも結構でかい。パソコンを打っている私の体にも今たくさん止まっている。とてもストレスを感じる。ハエ取り紙を置くとこんな状況になる。

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 私が活動しているのは、ボランティアセンターの活動ではない。北海道から沖縄まで全国各地から集まった仲間で設立された民間ボランティア団体「愛ちゃんぷる」。行政にはできない、被災者が本当に必要としている活動を、自分たちの目や耳、足を使い行っている。写真は愛ちゃんぷるの拠点。

Photo

 到着後、少し仮眠し、朝食となった。朝食はご飯と味噌汁のみ。誰も何も言わずもくもく食べていた。朝食後は野菜市を開催する準備をする。「愛ちゃんぷる」拠点近くのお寺の境内が会場。知内の農協から買ってきたニラとほうれん草を愛ちゃんぷるに提供した。そのほかピーマン、長ネギ、大根、キャベツなど多くの北海道産野菜を格安販売する。ほとんどが新函館農協のもの。聞いていたとおり好評だった。

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被災者から週に2回くらい開催してほしいとの要望を受けた。しっかり知内野菜の宣伝もしている自分もどうかと思ったが、これも役場職員という職業病なんだろうと思う。ひとりのおじいさんと仲良くなった。とにかく明るいおじいさんだった。冗談ばっか言ってみんなを笑わせていた。そのおじいさんだけではなく、みんなもとにかく表情がやわらかい。でも会場がお寺の境内ということもあり、次から次へとお寺の中へ喪服の家族が入っていく。一家族が終わると時間をおいてまた一家族という風に。その人たちの表情は非常に険しい。野菜市をやっている前を通っていくが、声をかけることはできなかった。何て声をかけたらいいのか、言葉がみつからない。今ひとつ気づいたことがある。誰も震災のことは語らない。被災者もボランティアの人も誰ひとりとして。

 野菜市終了後は、自衛隊が米軍から借り丘の上に臨時に設置しているシャワーを使い汗を流す。

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 シャワー後に贈られる野菜ジュースとビスケットは本当にありがたい。夜中にお腹が空いた時に食べる。その後夕食をとりまた仮眠。泊まっている建物は、1階部分が被災した建物。私が滞在しているのは、1階。津波が押し寄せた跡が壁にくっきりついている。その跡を見ていると複雑な心境になる。清掃はしているが、お世辞にもきれいとは言えない。ドアもない。フローリングの上にたたみ3枚を引いて、そこで寝る。布団は掛け布団2枚。半分に折ってその間にくるまって寝た。ハエが顔に止まるのと臭いが耐えられないので完全に頭も布団の中。眠りに落ちた頃、余震がきた。飛び起きて外に飛び出した。後で聞いた話だが震度は4。外には誰もいない。心臓は飛び出しそうになっている。当然テレビもないので情報も入らずリアルに怖い。結局この日もほとんど寝付けなかった。

●6月19日 石巻2日目

 午前3時に静岡県へ出発する予定だったが、寝坊をする。結局4時過ぎに出発した。静岡と東京、あわせて4件で大量に家電製品を譲ってくれる人がみつかったため、相棒と二人で取りに向かった。静岡はとにかく遠かった。回収後は東京へ向かう。生まれて初めて首都高を走る。首都高を走るのが夢だったので、夢がひとつかなった。が、とてつもなく道路が複雑…合流・分岐があまりにも多すぎて走りづらい。しかも思っていたより狭い。かなり緊張する。

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東京から石巻に戻れたのは20日の4時。生まれて初めて24時間丸一日車を走らせた。しかもトラックで。さすがに疲れた。汗まみれで体も臭いがお風呂は使えないのでその日はそのまま爆睡した。

●6月20日 石巻3日目

 朝は普通に起きたが、みんなが気を使ってくれ、お言葉に甘えてお昼近くまで爆睡する。温いペットボトルの水を飲むのもすっかり慣れた。臭いもマスクなしで歩いても臭いなって感じる程度。食べ物は何を食べてもおいしく感じるようになった。午後からは、愛ちゃんぷるが野菜市などを今後開催するために借りた倉庫の泥だしを少しやり、その後は住宅の仮リフォーム前段の内壁を剥がす作業に向かう。家に入ると仏間に仏壇はないが、白い花が飾られている。一人暮らしなのか、その家にはおばあちゃん一人しかいなかった。とても元気で明るいおばあちゃんだ。愛媛からきたボランティアの方と二人でバールや金づち使ってはずしていくと中はまるで芸術家が書いた絵画のような状態。カビだらけだった。

3時近くになると、その家に住むおばあちゃんからバナナと配給の野菜ジュースをもらった。在宅の避難者には配給が配られていないので、きっと誰かからもらったのだろう。普段バナナを食べない私だが、このバナナはとてもおいしかった。どう見ても私たちが野菜市で販売したバナナだった。たくさん汗をかき、喉がカラカラに渇いている私にとって、バナナはなかなか飲み込めない。口には出さないが、愛媛の方もそうだろう。でもおばあちゃんの気持ちがとてもうれしく、泣きそうになった。涙をこらえるのが大変だった。

 この日わかったことだが、石巻市の住民には今日時点でまだ義援金が配布されていない。

●6月21日 石巻4日目

 今日は朝から、家電フェアの会場準備をする。会場準備といっても、被災した建物の補修からだ。費用もないので補修といってもとりあえず使えるようにするだけ。壁や柱が流されてしまっているので、入り口をつけたりシートで覆っていく。至る所土砂だらけなのでデッキブラシでこすり、水をかけ清掃していく。いくら清掃しても一向に綺麗にならない。今日気づいたことだが、トイレに行く回数が以前の4分の1くらいになっている。補給した水分が汗で出ているのだろう。今日の作業はいつもより長い。明日の家電フェアは延期することはできないからだ。とにかくみんなもくもくと作業にあたる。ある程度綺麗になった会場に家電製品を陳列する。今までいろいろな所に保管していたため気づかなかったが、集まった家電製品の数は相当だった。みんなとにかく頑張った。家電一台一台に支援者の気持ちが詰まっている。明日それを届けられる。嬉しくてたまらない。

 その夜、思いもしないご褒美があった。愛ちゃんぷるを訪れたボランティアの方からだ。明日、愛ちゃんぷるの拠点で被災者のエステを行うことになっており、前日入りした彼女は、疲れている私たちのために無料でエステをしてくれるという。一人30分もやってくれた。ケアをしてもらっている時は、ここが石巻であることをすっかり忘れてしまう。アロマの香りが心地よく、とても幸せな時間だった。

●6月22日 石巻5日目

 今日は、私が待ちに待った「家電フェア」の日。朝起きると、外が騒がしい。開店待ちの被災者がもう並んでいる。11時開店なのに早い人は3時から並んでいたという。最前列の方に話を聞くと、前の日から来て車で寝ていたという。待ちに待っていたのは、私たちだけではなかった。とても嬉しい。

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ダンボールを切ってマジックで数字を書いただけの整理券を配る。いよいよ11時。開店と同時にたくさんの方が会場に入ってくる。

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洗濯機や冷蔵庫、掃除機などは開店後すぐになくなった。私は、自分がみんなから提供してもらった商品のことが気になって仕方ない。被災者からの質問や商品の搬出で忙しく、ほとんど見届けることができなかったが、一部の商品を持って歩いているのを見ることができた。私は、被災者の喜ぶ顔が見たかった。この日のために精一杯頑張ってきたから。しかし被災者の表情は必死だった。本当に家電がなくて困っていたのだと痛感する。家電フェアは今後も何回か開催予定。もっとたくさん届けてあげたい…。

家電の配達が何件かあったので、被災者のお宅にお邪魔した。ビニールシートやベニヤを使って壊れた家を応急補修してあるため、家の入り口がどこかわからない。携帯に電話して家の外に出てきてもらう。冷蔵庫などをトラックから降ろし家の中へ入る。割れた窓はダンボールでふさがれており中はかなり暗い。2階に上がるとレトルト食品がたくさん箱につめてある。荷物がたくさんあって狭い。被災者の生活が手にとるようにわかった。心が痛い。

 その後、細かい作業をして夜になった。私は次の日から仕事なので、これで私の石巻生活が終わる。愛ちゃんぷるのみんなが見送りにきてくれた。男同士で抱き合ったり、みんなと握手をした。写真も撮った。

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正直帰りたくない。もう涙が出そうだ。ここに集っているのは、本当に優秀な人材ばかり。私はみんなのレベルについて行けなかった。本当にすごい人たちだ。みんな一言も話さないが、相当な覚悟をしてここに来ていることも伝わってくる。私は精一杯の笑顔で「じゃーねー!」と一言言って、トラックを進めた。すると遠くから愛ちゃんぷる代表の「しまじろう」さんが歩いてきた。私はトラックを止め、しまじろうさんと握手をする。マスクをしてるので表情は見えない。でも、目がうるんでいる。歯をかみ締めているのがわかった。つられて泣きそうだ。私は、「また来るので忘れないでくださいね!」といってその場を去った。しまじろうさんや他のメンバーも毎日ほとんど寝ていない。大丈夫だろうか…。北海道に一人帰ってきた私は心配で仕方ない。また元気を充電して、一日も早く石巻に戻りたい。

 この支援活動で、人生観が大きく変わった。今まで自分が当たり前と思っていたことが、ここでは通用しない。自分が被災者だったら…。

今自分ができることはきっとたくさんある。しっかり考え、また行動に移したい。

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2011年6月17日 (金)

明日石巻へ

これまで集まった家電製品は46台。

対話した人も60人を超えました。

明日も2軒回収に伺うので、最終的に50台くらいになると思います。

函館と東京からの物資を入れると結構な台数になると思われます。

最初は集まるかどうか不安でしたが、

こんなに集まって本当によかったです。

みんなの気持ちは、しっかり届けてきます。

今、改めて感じていることがあります。

対話って大事…ってこと。

久しぶりに話した人も多くいて、

いろんな話をしていく中で、

みんな大きな悩みを抱えて生きてるんだって思いました。

支援の呼びかけよりも、

その悩みを聞いている時間の方がはるかに長かったです。

生きることって、本当に難しい…

多くの人と対話できて本当によかったと思っています。

自分も一人では生きていけない。

多くの人に支えられて生きている。

感謝しなきゃいけないですね。

いよいよ明日被災地に向かいます。

体調は万全。

さっきまでとても緊張していたので、いつものように引き語ってきました。

今日、梱包と積み込みも全て終了し、準備も万全です。

積み込みの時、手伝いにきてくれた人もいます。

しかも大きなマスクをして…

風邪をひいて調子がよくないのに遅くまでつき合わせてしまいました。

明日は4時起きだと言ってました。

どうやってお礼をしたらいいのか…

明日から6日間、しっかり気を引き締めて「みんなの気持ちを届ける!」

それしかない!

出発前のブログ更新はこれで最後です。

被災地から戻ったらまた更新します。

とにかく頑張ってきます!!!

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2011年6月14日 (火)

40品目以上集まりました

支援活動の内容が決定してから12日が経過しました。

今日現在、集まった家電製品は40台を超えました。

まだ回収を終えていないところがあるので、

明日とあさってで全て回収したいと思っています。

16日に梱包と、トラックへの積み込みをすることにしました。

17日の仕事が終わったら石巻に向け出発します。

ありがたいことに、ポータブルのカーナビを貸してもらうことができました。

これで、道中安心していける!

早速今日、トラックに設置しました。

それと、車で家庭用のコンセントを使用できるコンバーターまで貸してくれました。

これで、携帯まで充電できる!

ありがたくて、ありがたくて、ありがたくて…

本当に感謝です。

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2011年6月13日 (月)

予定変更です

震災支援活動の内容が、だいぶ具体化してきました。

それで、予定も大きく変更。

当初は18日出発予定でしたが、17日の夜に出発します。

17日に自分が集めた支援物資をトラックに積み込み、その後函館の物資を取りに行きます。

18日に石巻市に到着し、とりあえず物資を下ろします。

そして次の日の19日は、東京に向かいます。

東京に行くなんて、全然想定してなかったです。

東京で多くの家電製品を譲ってくれる方がいるからです。

その量は…

かなり大量らしい。

その方が集めるだけ集めた家電製品。

大量なだけに送るにも相当なお金がかかるので、

届けることができなかったそうです。

本当にありがたいことです。

北海道内以外、車で行ったことがないからかなり不安…

しかもトラックだし…

ナビついてないし…

まーなんとかなるべ!

地図買わねば!

東京から戻ったら、被災者支援に回ります。

そこからは未定ですが、被災者に家電製品を届けるのは22日です。

私が北海道に帰ってくるのが22日。

いわゆる…

自分の手で被災者に物資を届けられない…

ということは…

みんなとの約束が果たせない…

でも、自分の思い、そしてみんなの気持ちは、現地に残るメンバーに託します。

とても信頼できる人たちなので。

出発までに活動できるのはあと4日。

ラストスパートです。

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2011年6月11日 (土)

落ちつかせる一日に

最近、気持ちの浮き沈みが激しい。

そうなることは、被災者のために支援活動をすると決めた時からわかっていたことです。

ここまで気合を入れて活動すると、必ず白い目で見る人たちが現れます。

そんなことでめげる私ではありませんが、悲しい気持ちにはなります。

友人のブログには、ヒドイ書き込みがあったそうです。

下品なので書きませんが、活動を否定するとても悲しい一言でした。

気持ちが落ち込みます。

でも!

そんな時、私たちには強い味方がいます。

歌です。

Kc3o0053

続々と支援物資が集まるこの部屋にこもり、一人で歌う。

この椅子に座っていると、どんよりした気持ちが一気に晴れていきます。

誰も聞いてないのに、しっかり音響を使って歌ってますsweat01

なぜなら…

なまら気持ちがいいからnote

今日もこんな時間まで歌ってしまいました。

途中、歌い疲れたら休んで、友達に電話。

しっかり支援物資も集めました。

気分は最高にいい感じです。

今日は、自分の気持ちを落ち着かせるいい一日になりました。

でも、トラックの荷台はこの程度の家電製品を積んでも「スカスカ状態」。

まだまだ頑張らねば!!!

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2011年6月10日 (金)

続々と…

今日までの震災支援物資の状況を報告します。

大きいものから小さいものまで、合計30台以上集まりました。

冷蔵庫、電子レンジ、ホットプレート、ゲーム機、

パソコン、ギター、扇風機などなど、

続々と集まっています。

何より嬉しいのが、自分の分身ができていること。

趣旨に賛同してくれ、自ら活動してくれているのです。

私にとって、これほど嬉しいことはありません。

なんてお礼を言っていいのかわかりません。

それにしても、不要な電化製品なんてある家は少ないはずなのに、

どうしてこんなに集まってくるの?

なんで???

よく考えてみると不思議です。

やはり復興に向けて協力したいという、みなさんの気持ちの表れなんでしょうね。

自分に託されたその思い。

しっかり受けとめます。

集まった物資は、被災者に失礼のないよう丁寧に清掃しています。

気合を入れすぎて、指に大きな水ぶくれができてしまいました…

被災者の喜ぶ顔が目に浮かんで、ついつい力が入ってしまうんです。

頑張りすぎもよくないので、少し力を抜くことも必要ですね。

健康管理も大事だと思います。

みんなの気持ちを届けられなくなったら大変ですからね。

でも残された時間はあと7日。

できるだけのことはしておかないと!

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2011年6月 5日 (日)

切ない…

今日も多くの方に、支援を呼びかけました。

その一人…

私が以前に、ネットオークションで音響機材を落札した出品者の方です。

たまたま出品地域が北海道だったため、

送料が安くすむと思い、軽い気持ちでその商品を落札しました。

落札後、出品者から連絡がきました。

住所は、知内から隣の隣の市である北斗市。

車で30分ほどで行けるところでした。

そんな地域事情もあり、商品は直接手渡しで行うことになりました。

彼に会ったのは、この一度きり。

ですが、趣味が一緒なので意気投合し、

この後もメールでの交流は長い間続いていました。

今年に入ってからは「今度会っていろいろ話しましょう」と約束もしていました。

ですが、今回の支援活動のお願いをしようとメールを送ったところ、

とても切ない返事が返ってきました。

私に連絡できなかった理由があるというのです。

震災が発生した3月11日、癌の告知を受けたそうです。

しかも2箇所…

災害と癌、二重のショックを受けた、と話していました。

1箇所目の手術は終了し、先週から一時退院していたそうです。

私が支援の協力を求めるためメールをしたのが、

2箇所目の手術をするため、JRで札幌へ向かっているところでした。

そんな状況なのに、私の行動に尊敬をしてくれ、

自分が何も出来ず歯痒い思いをしていることを私に伝え、

最大限のエールを贈ってくれました。

私も彼に自分の魂をぶつけ、励ましました。

そして彼は私に、必ず元気になって会ってくれることを約束してくれました。

そして私は、彼の思いを必ず被災地の方々に伝えることを約束しました。

私はメールのやりとりをしてる間、涙が止まりませんでした。

こんなことをブログに書き込むことは非常識なのかもしれません。

でも、彼のような思いをしている人が、絶対全国にたくさんいると思うんです。

闘病生活を続けながらも、

何もできない自分に歯痒い思いを感じている。

その事実を知ってもらいたい。

健康であっても、仕事の都合がつかない。

気持ちはあるけど、何をしていいのかわからない。

私が話した人はみんな同じ答えです。

言い換えると、全国のみんながそんな気持ちでいるのではないかと思います。

中には、ひどいことをしている人もいるようですが、そんなのは一握り。

日本は、完全にひとつになっています。

そして、被災地でもいろいろな動きがあるようです。

聞いた話なので、私から伝えるのは控えます。

現場を知らない人間が言っても、説得力はありませんから。

明日からまた、彼の分までがんばります。

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2011年6月 4日 (土)

とても嬉しいです

災害の支援活動を開始してからまだ日はたってませんが、

今は、ホントに涙が出て大変です。

今の自分の気持ちをつづった長文のメールを送ったり、

偶然会った知り合いなどに、支援を呼びかけてきたんですが、

嬉しい言葉をたくさんかけてもらいました。

みんな快く協力してくれて…

共通してるのは、

「自分は被災地に行けないけど、何かしてあげたかったんだ」

ということ。

自分の使命の大きさを実感しました。

トラックの荷台に積んで行くのは荷物ではない。

みんなの精一杯の気持ち。

そのみんなの気持ちを届けるため、

自分は多くの人に語っていかなければならないと、

改めて思っています。

自分がとっている行動は、

もしかしたら間違っているのかもしれない。

自分が支援を求めることで、

嫌な思いをする人がいるかもしれない。

自分の中にそういう気持ちもあって、

正直とても複雑で不安に思っていました。

ですが、やり始めた活動は最後までやらなければ、

後悔が残るような気がします。

時間もないので、知り合い全員と話すことはできないかもしれないけど、

できる限りのことはやっておきたいです。

被災地出発まであと14日。

体調を万全にし、達成感を持って行けるようがんばります。

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2011年6月 2日 (木)

宮城県石巻市へ 18日出発

以前のブログでも書きましたが、

災害の支援活動で、

6月18日から宮城県石巻市へ行きます。

被災地で必要とされている、家電製品を集め、届ける活動をすることに決定しました。

出発までに、できるだけ多くの家電製品を集めなくてはなりません。

明日から、自分の友人や職場の同僚に声をかけて集めていきます。

しかし、トラックの荷台を満杯にできるだけ集めるのは、

自分の力だけでは不可能かと思われます。

そこでみなさんにお願いです。

北海道知内町近郊の方で次のような電化製品で不要な物がありましたら譲ってください!

被災地で必要とされているのは、

ドライヤー、トースター、電子レンジ、扇風機や冷房器具、除湿機、ドラム型洗濯機、小型の冷蔵庫、地デジ対応テレビ、地デジチューナー、ノートパソコン、オーディオ、ラジカセ、DVDプレーヤー、楽器、ゲーム機(子供たちのため)などです。

遠ければ取りに行けませんが、近郊であれば必ず伺います。

次のアドレスまで電話番号を添えてご連絡いただけると助かります。

皆さんのご協力、心から、心から、心から、お待ちしております。

♪♪♪♪ 連 絡 先 ♪♪♪♪♪♪

※迷惑メールが多いので一時削除します※

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

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